- 2011-12-21 (水) 15:37
- 秋田の車好き
BMW社は自動車レース界において1970年前半からシルエットフォーミュラーと呼ばれるグループ4,5レースでポルシェの独壇場を切り崩すべくBMWのスポーツ部門を担当する関連会社BMWモータースポーツと共にM1(社内コードE26)の開発に着手、当初エンジンは自社開発V12,4.5リッターを搭載する予定であったがオイルショックなどにより、直列6気筒、3.5リッターエンジンに決定する。イタリアのジュージアーロで有名なイタルデザイン社にグラスファイバ-製のボデーデザインを委託、ミッドシップエンジンには全く経験がないためランボルギーニ社がシャシーの開発を担当、長大なBMW6気筒エンジンのためホイールベースが長くなり、重心高を下げるためドライサンプを採用して問題を解決した。1977年試作車は順調に完成したがその後のランボルギーニの生産が遅れランボルギーニ社を買収しようとしたが失敗、結局ドイツ、バウア-社にシャシー生産を変更、1978年パリサロンにデビューする。グループ4レースに参戦するには年間生産台数が連続して400台を生産しなければならなかったが、バウアーで作られたシャシーをイタリアに送って、ボデーを架装してまたドイツに持ってきてBMWモータースポーツでサスペンションやブレーキの組み込むなど非効率この上ない生産体制で400台をクリアできずワンメイクレース部門を作ってメインレースの前座を務めたが特例でグループ4カーとして認められ1980年が終わるころやっと400台目の生産を終了したが、1983年からFIAのレギュレーション変更によりグループCとなり当初のBMWの意気込みとは違って1981年に477台で生産を終了し短命に終わった。でもBMW M1は当時のスーパーカーブームの一翼をまぎれもなく担った一台である。 (文・吉田章二)
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